会員列伝 of 偕行社

本意見・コラムは会員個人の意見・コラムであり、偕行社を代表するものではない。

勝手に偕行社・安全保障シンポジュウム報告(滝野 隆浩:海自82)

滝野 隆浩(海自82期)

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【勝手に偕行社・安全保障シンポジウム報告①】

 24日に行われた偕行社の安全保障シンポジウムは、とてもいい内容だったので、頼まれもしてないのに、勝手に、私なりに報告させていただきます。内容を捻じ曲げることはもちろんしておりませんが、目のつけどころ、どこを取り上げるかは、人それぞれですので、あくまで個人的な意見として見てください。

 まずは、五百旗頭真先生の基調講演から。

 タイトルは「新たな日本の安全保障」です。前回も書きましたように、基調講演といっても、時間は25分。もっと聞きたかったです。歴史家として、過去の軍事史から安全保障というものを照射して分析する見識はさすがです。日本は近代以前、2度、大陸に出撃し(白村江の戦い、秀吉の朝鮮出兵)、大陸からは1度(蒙古)から侵攻を受けたといいます。日本が大陸に出て行くとき、必ず失敗し、そしてひきこもりつつ、実は大陸の巨大文化を吸収してしっかり成長するというパターンを取ってきた。失敗して、相手から学ぶ、それが日本の特徴なんですね。白村江のあとは、唐文化を猛烈に学び律令国家をつくりあげ世界の文明水準に並んだ、などと。

 そして、近代。レジュメにはこうあります。

<19世紀半ばの「黒船」以降、日本にとって欧米が圧倒的な存在となり、欧米から学んで近代的軍隊を築き、日清、日露の両戦争に勝利した。アジアにおける軍事強者となった日本は、1930年代にアジア大陸への侵攻を繰り返し、「国大なりといえど、戦好まば必ず滅ぶ」の格言を実戦する結果となった>

 最後の警句は山本五十六がよく揮毫した言葉なんだそうで、私は知りませんでした。これには対句になっていて、「国安らかになりといえど、戦忘れなば必ず危うし」だそうです。ああ、こっちは戦後日本にぴったり当てはまりますね。いまに対する警句かもしれませんね。ただ、太平洋戦争での敗戦のあと、日本は、いつものように、敵から学びます。つまり、戦後日本は、軍事は米国に依存しつつ、米国が世界に誇っていた民主主義と科学技術を吸収しながら、富国に励んできた。

 高坂正尭先生は、国家とは「力の体系」「価値の体系」「利益の体系」といいましたが、五百旗頭先生は高坂先生のこの説を踏まえたうえで、米国という国はこの三つとも強力でこれを世界に広げようとしてきた、と分析します。民主主義という価値の外交、あるいはドル外交は利益の体系、そしてルーズベルトはヨーロッパ的に力の外交を取ってきた。イギリスに学んだんですね。ヨーロッパにおいて、某一国の排他的支配は危険である、とイギリスでバランスオブパワーという戦略が生まれた。中小国もまた独立の自由を持つべきだ、というのを大きな旗にする。

 そうしたイギリス的考え方を、ルーズベルト以下の米政府は米国のアジア観にも反映させてきた。オープンドアポリシーです。20世紀の初頭、ロシアが極東に出てきたときは、日本を助け、日本が中国に進出したときはABCD包囲網をつくった。あれは日本に意地悪しようとか、そういうのではなく、「某一国の排他的支配は許さない」という一貫したポリシーでやっているわけです。冷戦時は、ソ連。そしていま、中国。このアジアで覇権を唱え始めたら、アメリカは許さないという姿勢。これも一貫している。南シナ海に、ようやく、艦艇「ラッセン」を出した。

 そして、いま隣国中国について、先生は「90年以降、経済発展のうえに軍拡を乗っけている」といいます。「ひさしぶりに、大陸の圧力にさらされている時代」だと。そういう中でいかに対処するか。その際に重要なのは、以下の三点。
①関係国の国家戦略的意図をよく見極める
②軍事バランス
③同盟国をはじめとする国際関係

 そしてこう問いかけます。人類史上、大国の勃興はしばしば大戦乱を招いてきた。われわれは、それを乗り切る知恵を持ち合わせているか、と。

 五百旗頭先生は、そのあとも、時々、話をしましたが、以下、話したことをメモ風に書いていきますが、私は、このあたりが一番いまの日本の安全保障のあるべき姿だと感じます。

 まず、キーワードは、これです。

<対応力を、静かに持つ>

 対応力というのは、尖閣に中国が工船などでちょっかいを出すときに、そのたびにきちんと自衛隊と海保が連携して対処すること。あるいは、潜水艦が出てきたら、かならずそれをフォローすること、あるいは、SSM、地対艦ミサイルなどの精度を上げること。このようなことを細かく正確に日々やれるのは、アジアでは日本しかない。そういうのを積み重ねていって、ルール違反はいけないとわからせいてく。抑止力というのは、こうした日々の努力のことなのでしょう。

 たぶん、隣に座る柳澤協二さんがよく、抑止力に対して疑問を投げかけるような発言をするので、五百旗頭先生はそれを念頭に反論しているのだと、私は思いました。そして「対応力を持つと、相手を刺激して、ますます戦争の危険が高まる、というのが、戦後日本で流行ってきた論説だが」として、フィリピンの、スービック米海軍基地の事例を挙げて反論します。つまり、米軍が撤退したとたんに中国が南沙諸島に入ってきた。やはり、抑止力は大事だといいます。ただ、先生の説が興味深いのは、<日本は弱者です>と言い切るところです。

「核もミサイルも持っていないのだから、日本は弱者です。戦争になったら、アメリカにも、中国に対しても、ロシアに対しても、もしかしたら北朝鮮に対しても、ひどい目に遭うのはこちらかもしれない、弱者です。弱者であるなら戦争手段に訴えないでやる方法を考える。といって、刺激するのはいけないから、相手のいうことを唯々諾々と受け入れるといのでは、解決にはならない」

 ここで、歴史家である五百旗頭さんは、第二次大戦前の「ミュンヘンの宥和」を持ち出します。

「ミュンヘンの宥和は繰り返してはいけない。38年の時点では、イギリス、フランスのほうが、まだ、ヒトラー・ドイツよりも軍事力が上だった。ところが、戦いたくないがゆえに、平和を求めるがゆえに、ヒトラーの気迫に負けて、無償でズデーデン地方を譲ってしまう、そのことが巨大化したヒトラーの第三帝国の戦いを強いられることにつながっていった。筋の通らないところはダメだ、ということを訴えていく努力が必要なのは、いまも同じで、台頭する中国にはそのことを言い続けなければならない」

 だけど、ダメダメと言い続けるのは得策ではない、というのが、先生の真骨頂なのかもしれません。

「ルールに反することはダメだ、と言いながら、しかし、中国には大国としての、それなりの位置、役割を与えないと。経済的に中国が活躍することは、世界のためにも日本のためにも、大事ですから。ということで、私は、「日米同盟プラス日中協商」がいいと思っている。具体的合意ですね。戦争するのではなくて、協力してやっていくのだ、と相手にも思ってもらう。そういう関係を中国とつくっていかなくちゃならない。冷静に、相互の利益のためにね」

 ははーん、「日米同盟プラス日中協商」ね。わかりやすいなあ。保守論壇には、ただ、中国脅威論を言い立てる向きもあります、中国なにするものぞ、といきり立つ人もいます。だけど、先生は違って、「大国としいの顔を立てろ」と言うのです。だって、日本は「弱者」なんだから、と。私はその姿勢を清々しいと思います。

 どうですか、みなさん。古代から近現代にわたる戦争史を中心とした歴史を学びつつ、しかも、現代の対中外交・安全保障に対しても説得力ある知見を述べられている。こんな話を30分そこそこの時間で聞けたのですから、これだけでも大収穫でした。
 五百旗頭先生は、最後に、会場からの質問に答える形で、安倍首相のどこがすごいのかを述べていくのですが、このあたりは少々生々しすぎて、私にはとてもとても、文字では書けません。「首相就任直後、安倍さんの偏った愛国心が心配だ、と発言されていたと記憶しておりますが、いまも変わりありませんか?」という質問です。ひゃ~と思いましたが、先生は見事に無難に、安倍さんが学習、変わっていったかを説いてみせたのでした。
 気が向いたら、ほかのパネリストのみなさんについても、書きます。

陸海軍の子弟教育(高岡 昭一:陸自60)

高岡 昭一(陸自60期)

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陸自幹候校卒業式記念会食での祝辞(要約)(編集委員長井上 廣司:陸自72)

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日本は、だれが守るのだろう(多田 壽美雄:陸自57)

多田 壽美雄(陸自57期)

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両陛下のフィリピン御訪問(井上 廣司:陸自72)

編集委員長
井上 廣司(陸自72期)

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新 志摩コラム(志摩 篤:陸自57)

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君塚前陸幕長を悼む(編集委員長)

編集委員長
井上 廣司(陸自72期)

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市ヶ谷記念館を一般に開放する企画(松島 悠佐:陸自61)

松島 悠佐(陸自61期)

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学校現代事情コミュニティー・スクール(井上 廣司:陸自72)

編集委員長
井上 廣司(陸自72期)

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千葉県中学教科書(歴史・公民)の採択現況(教育問題PT)

教育問題PT
中村 征人(陸自61期)

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第6回文化祭の報告(塩田 昌司:陸自63)

偕行社文化祭実行委員長
塩田 昌司(陸自63期)

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樺太抑留死亡者と残留者(井上 廣司:陸自72)

井上 廣司(陸自72期)

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元旦、靖國・千鳥ヶ淵・市ヶ谷台を巡拝して思う(喜田 邦彦:陸自66)

喜田 邦彦(陸自66期)

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平成28年賀詞交歓会(編集委員長)

編集委員長

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新 志摩コラム(志摩 篤:陸自57)

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偕行社で第二の人生充実(中山 隆志:陸自58)

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同期生(白石 一郎:陸自61)

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新しい試練の幕開け(中村 幹生:陸自73)

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偕行フォトクラブ「写真歴3年初心者からのお誘い(河野 芳久:陸自70)

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想い出の国会初答弁(塩田 章:陸士59)

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新 志摩コラム(志摩 篤:陸自57)

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新年を迎えて(宇都 隆史:空自98)

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新 志摩コラム(志摩 篤:陸自57)

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靖國神社秋季例大祭に参列して(高梨 潤一郎:陸自75)

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TPPと黒船来航:トップリーダーとは(喜田 邦彦:陸自66)

偕行社編集委員
喜田 邦彦 陸自66

 2010年、リーマンショックで深刻な不況に陥った米国・オバマ大統領は、「5年間で海外貿易を2倍にする」との輸出倍増計画を発表した。これに基づき、米国経済の増進を図るため、輸出拡大のツールとして生み出されたのがTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)交渉であり、米国は太平洋を取り囲む国々に参加を求めた。
菅首相がオバマ大統領から参加を求めたのは2010年秋。各種団体の利害対立や東日本大震災への対応から、外圧を受けて時間切れ寸前に決断に至った。首相は、「TPPへの加盟」ではなく、一歩引いた「交渉会議への参加」であり、「会議の状況では、TPP離脱もありうる」との含みを残していた。
というのも、関税引き下げで恩恵を受ける企業・団体と、不利益を被ると予想する団体の意見対立は激しく、彼らが与野党や派閥に働きかけて選挙基盤を揺さぶったため、与党・野党の内部でも混乱と対立が顕著になった。
こうした情勢で野田首相は、1年半後の2011年12月、「消費税とTPPは、自分の代でしっかりと捨て石になってけりをつける。不退転の覚悟でやる」とベンチャー企業の経営者会合で決意を強調した。しかし政権交代が起こり、その流れは頓挫したかに見えた。
 だが、アベノミクスを掲げて登場した安倍首相は、オバマ大統領から「聖域なき関税撤廃が前提ではない」との「主権確保」の言質を引き出し、実質的交渉を意欲的に推進した。その結果今回、5年をかけた加盟国間のマラソン交渉が妥結した。これからは、国会での条約批准をめざし、業界・団体との調整や補助金論争が本格化する。

 さてこの問題は、「開国か否か」が問われたペリー来航時の対米交渉になぞられ、国の存亡をかけた「第二の開国問題」とも言われてきた。では、ペリー来航時に交渉にあたった幕府トップ・老中(内閣に該当)首座(首相に該当) 阿部正弘(福山藩主)の対応はどうだったか。
通商の開始等を求める米国大統領の親書を、老中阿部は諸大名に写しを送って意見を求める「異例の措置」をとった。それまで幕府は、「天下の御政道」に外様大名による口出しを禁じていたが、幕府の財政・海防力には限界があると判断し、意見聴取による「挙国一致」を優先した。現代のTPP問題では、反対勢力が政府の情報提供の不足を攻撃した。
諸大名からの回答は 700通に達したが、大勢は「鎖国継続」「開国反対」であり、強硬な「攘夷」を主張したのは水戸・福井・佐賀藩に限られた。
対照的に、黒船との戦力格差を見抜いていたのは幕府の要人であり、実際に江戸湾や長崎湾の警備にあたっていた藩や旗本も「避戦」を優先するとの意見を述べていた。
世界の情勢を睨み、先見性を持って「積極的開国」を主張したのは、わずかに彦根(井伊)・福岡藩に留まった。これにより、老中・幕閣の評議では「条件付き開国・避戦」論が優勢となった。
そこで老中阿部は、「避戦・鎖国」を建前とする「開国延期策」を建策し、幕閣の承認と将軍の裁可を得て『海防大号令』を諸大名・旗本に公布した。現実の軍備格差から穩和な態度に出ざるをえないものの、米側が強硬な態度をとれば「座して死を待つ」ことはしないとの士気高揚・二股政策である。しかし、阿部の本音は、今の軍備では到底勝ち目はないので、海防を強化し、力がついた時点で本格交渉に移るという「時間稼ぎ」、一種の宥和にあった。英国チェンバレンのヒトラーに対する「宥和」と同じである。
徳川250年の時代の価値観「安定」の中で、国難に遭遇した老中阿部は、急激な鎖国の転換、軍備の改革、早急な開国を断念し、黒船の出現や「江戸が火の海になる」とのショックを利用して旧弊に風穴を開けようとした。しかしそれは、現代日本の「一国主義」と同じで、欧米指導者に見られる果断な決断力、世界を見通す先見性、国難に立ち向かう雄々しさを欠いており、今から見れば物足りなさを感じさせる。
とはいえ一方で、国論を統一して日本の分裂や社会混乱を避け、軍艦購入や海軍伝習所の開設に道筋をつけた点からみれば、当時としては優れた指導者だったといえるだろう。
現代の政治は、選挙や世論調査の結果に大きく左右される。それだけに、現役世代には優しいが、次の世代に対して無責任に陥りやすい。「バターか、大砲か」のジレンマや、国債頼みの借金財政は、それを象徴している。
国難におけるトップリーダーには、時に「民意に反する政策」の推進を余儀なくされ、敢えて「タブーに挑戦する勇気」が求められる。それゆえ指導者には、国家・国民の安全を優先する「信託者」「護民官」としての役割と、民意や風潮を纏めて代弁する「代理人」「選良」としての役割が求められている。     

阿南大将70年忌祭・胸像建立式典挙行さる(安藤  幹:広幼48)

安藤 幹(広幼48期)

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進化論と人種差別(井上 廣司:陸自72)

偕行社編集委員長
井上 廣司(陸自72期)

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ボストンだより#5(渡部 悦和:陸自78)

偕行社安全保障委員
渡部 悦和(陸自78期)

今日12月1日で米国滞在166日になる。約半年を振り返ると様々な経験ができたし、多くのことを学ばせてもらった。米国で研究生活ができる幸運と関係者全てに感謝したい。

今回「米国人に感謝されているオバマ大統領」と私が書くとビックリする方も多いと思う。違和感を感じる人もいると思う。しかしこれが多くの米国人の実感だと思う。

このレポートは、ハーバード大学教授で一流の国際政治学者スティーブン・ウォルトの文章に触発されて書いている。私が今一番注目している学者で、彼の発表する文章を読み、講演を聴くことにより多くのことを学んでいる。彼は理論的だし、現実的だし、柔軟で、彼の主張に共感を覚える。

ウォルトは「スーパーパワー米国は、自重して振る舞うべきだ」と主張する。ブッシュ政権の時にネオコン達が米国のパワーを振りかざし、イラク戦争を仕掛けるという大失敗を犯してしまった。このイラク戦争が現在の世界の大混乱の根源になっている。

ウォルトは、米国がその軍事力を振り回し誤ったグローバル・リーダーシップを発揮すると世界の秩序を害すると主張する。この誤ったグローバルリーダーシップを発揮しないオバマ大統領をウォルトは評価するのである。

そして、私が主張したいのは「米国に対して欧州でも中東でもアジアでも全てに対応しろとは言ってはいけない」ということ。三正面に対処する能力は米国にはない。だから、日本が主張すべきは「米国が言っているアジア太平洋重視政策の通りにアジアの事態特に中国の覇権的台頭にこそ対応すべきである」ということ。ご笑覧下さい。
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http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45405

「国勢調査」現代事情

偕行社編集委員長
井上 廣司(陸自72期)

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ボストンだより#4(渡部 悦和:陸自78)

偕行社安全保障委員
渡部 悦和(陸自78期)

本記事は渡部氏のFB記事(11月25日)から転載した。
トルコがロシアのSU-24を領空侵犯を理由として撃墜した。非常に困難な決断を実行したトルコはすごい。このBBCの記事には領空侵犯の軌跡が記されているので参考になる。
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プーチン大統領がシリアに部隊を派遣し空爆を開始した時に多くの人々はその決断力に驚き、強いリーダーだと評価した。しかし、冷静に「プーチンのシリアでの軍事作戦は失敗する」、「お手並み拝見」と分析した米国の優秀な専門家もいた。オバマ大統領もその1人である。この冷静な判断こそ正しいことが段々と明らかになってきた。ISISによるロシア機爆破事件と今回の領空侵犯による撃墜はその典型例である。

中東の状況は関係者の利害関係が複雑に入り組んでいるから解決が難しい。米国は14年間の対テロ戦争を通じてそれを学んだのである。
ロシアが無理をすればするほど、被害は大きくなるであろう。
これ以上の事態の悪化を避けるために、関係国には冷静な戦略的判断と協調を期待したい。

新 志摩コラム#3(志摩 篤:陸自57)

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「偕行」11月号から転載

ボストンだより#3(渡部 悦和:陸自78)

偕行社安全保障委員
渡部 悦和(陸自78期)

本記事は渡部氏のFB記事(11月17日)から転載した。

本日、ハーバードに爆弾予告のメールがあり、ハーバード・ヤードの門が全て閉鎖された。これもパリにおけるテロ行為の影響であろう。ISISはワシントンDC攻撃を予告しているが、ここボストン・ケンブリッジにおいてテロが発生しても不思議ではない。非常に開放的な大学であるだけにテロを防ぐのは難しいであろう。
さて、パリでのテロ事案を巡る報道や各国首脳等の発言を聞いていて幾つもの違和感がある。まず、今回のテロ行為を受け「第3次世界大戦が始まった」、「戦争行為である」等の感情的な発言には違和感を感じる。テロはテロであり戦争ではない。ましてや第3次世界大戦などというあおるような表現を国家指導者は使うべきではない。
米国の9・11の時にブッシュ大統領が激情してWar on Terrorism(対テロ戦争)という表現を使い、その後の無謀なイラク戦争を開始してしまった。イラク戦争がパンドラの箱となり、そこから多くの不幸なものが出てきた。ISISはその典型である。フランスのオランド大統領はブッシュ大統領と同じ間違いを犯してはいけない。テロに対しては目立たない静かな作戦こそが有効である。テロに係る情報を徹底的に収集し、その情報に基づいて予想されるリスクを隠密裏に事前に潰していく。フランスはこの地道な静かな作戦を実施してきたのかが問われている。太鼓をたたきラッパを鳴らすような派手な戦争は愚の骨頂である。
次いで、米国ではオバマ大統領が1万人の難民受け入れを表明しているが、米国の19の州でシリアからの難民受け入れ拒否の声明が出された。難民に対して非寛容な動きが世界的に広がっている。「難民を拒否するアメリカは、本来のアメリカではない」とオバマ大統領は主張する。難民問題は本当に難しい。しかし、米国の歴史は「移民が構築してきた歴史」でもある。私はこの難民問題に関してはオバマ大統領を評価したい。難民問題で大きな責任があるのは米国なのだから、米国が責任を取らなければいけないと思うのである。皆さんはどう思いますか?
なお、下の英文は、ハーバードの当局の爆弾メールに関するお知らせ。このメールはハーバードの全ての関係者に送付されている。

Dear Harvard students, faculty and staff,

Earlier today, we received via email an unconfirmed bomb threat that has led to the evacuation of The Science Center, Sever, Emerson, and Thayer Halls. Harvard University Police Department and other law enforcement officials are currently searching the four buildings.

As of this writing, nothing to substantiate the emailed threat has been found. Harvard is working with local and federal law enforcement officials to investigate the source of the threat, which has not yet been determined.

The safety and security of members of the Harvard community is always our top priority. In the wake of recent tragic events in locations ranging from Paris to Beirut and beyond, we understand that this type of threat will cause great anxiety for many across our campuses. We will continue to be vigilant as we carry on Harvard’s mission of expanding and disseminating knowledge.

As the current email threat unfolds, we will endeavor to provide updates as often as new information is available to share.

Katie Lapp
Executive Vice President
Harvard University

抑留者の遺骨収集(井上 廣司:陸自72)

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「偕行」10月号から転載

新志摩コラム#2(志摩 篤:陸自57)

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「偕行」10月号から転載

8月15日靖國神社へ軍歌奉納偕行合唱団に参加して(柴田 幹雄:陸自75)

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平成27年10月号「偕行記事」から転載

中秋の名月(塩田 章:陸士59)

IMG_20151029_0002 (3).jpg←クリックして拡大の後お読みください。
平成27年9月号「偕行記事」から転載

志摩コラム(#1)(志摩 篤:陸自57)

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平成27年9月号「偕行記事」から転載

ボストンだより(#2)(渡部 悦和:陸自78)

ハーバード大学に留学中の渡部 悦和氏のボストンだより(FB記事から転載)
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米国民主党の大統領候補の初めての討論会が終了した。2時間30分ずっと討論を聞いての感想を紹介したい。

まず、過去2回行われた共和党の討論会に比してレベルが高いということ。ドナルド•トランプの存在が共和党全体のレベルを下げている。トランプが共和党のトップを走っていること自体が共和党の悲劇である。

次いで、ヒラリー•クリントンのディベート能力は極めて高い。他の候補者を圧倒している。質問される全ての分野に精通しているし、質問される内容を予め予想し、余裕を持って答えていた。男4人に対して紅一点であるが、その能力は他を圧倒していた。

今まで予想外の健闘を見せていた社会主義者バーニー•サンダースもそれなりに健闘したが、やはりヒラリーの敵ではない。今後はヒラリーとの差は開いていくであろう。しかし、彼の誠実さは伝わってきた。

日本のアナウンサーやキャスターに比較して米国のキャスターは極めてアグレッシブだし優秀である。討論会でも極めて手際よく厳しい質問を連発し、討論会を緊張感のある素晴らしいものにしていた。

今後は、余程のスキャンダルがない限り、ヒラリーが民主党の候補になるであろう。共和党は誰が候補になろうと、ヒラリーとの戦いは厳しいものになるであろう。

ここまではヒラリーを誉めてきたが、彼女のTPPに対する反対表明には失望した。米国の有識者の大部分は、経済面だけではなく、中国に対する安全保障面でもTPPに賛成している。
更に、経済界特にウオール街に対して厳しい政策を連発しているのが気になる。今後の彼女の政策がどうなっていくか注目したい。

大村氏、ノーベル賞受賞:韮崎の誇り(志村 泰元:陸自65)

 今回、ノーベル生理学・医学賞を受賞される大村 智博士は韮崎高校7年先輩です。その弟(泰三氏)が2年先輩で東大の工学部へ行きました。泰三氏は一見「青白い秀才」でしたが、短距離走に強くクラス対抗の校内体育祭では運動面でも存在感を示していました。我々の憧れの的でした。
 そして末の妹(真智子さん)が私と同じクラスでした。音楽的センスの良い人でした。我々の高校時代、山梨大へ行った博士のことも既に「真智子さんには、泰三氏の上にまだ凄い兄さんがいる」と知られていて、近寄り難い存在のクラスメイトでした。後に真智子さんは醸造学者と結婚して三島在住でクラス会は皆勤です。

 今朝ニュースで博士の娘(育代さん)が映った。 「アレッ?」と思うほど真智子さんに似ていました。夫人が15年前に乳癌で亡くなっているので、授賞式では博士のエスコートをすることになるのかもしれません。
これまでも海外での受賞も多く、その都度育代さんとか真智子さんとか泰三夫人など親族の誰かがエスコートしていたようです。
授賞式のニュースが流れる頃、また注目して下さい。

 博士のノーベル賞について、自動車修理工場のオヤジなどまで含む同窓生の間でも、あの画期的な薬(イベルメクチン:まだ名前を覚えられない)を世に出した頃である遥か昔から話が出ていて、毎年今の時期に失望の反復で、この数年はむしろ諦めの境地でした。
 最近は医学・生理学賞も我々がいくら聞いても理解にはほど遠いほとんどSF的な話ばかりだったので、このように地道でド素人がその素晴らしさをすぐ理解できるような研究は選考対象外かとさえ思っていました。
 博士は、平成10年に一件の異論もなくむしろ「当然!」と韮崎市名誉市民に列せられています。ノーベル賞が決まってあわてて「名誉市民に!」という醜態を演じなくて良かった。まあ、地元ではよ~く知られていたからその心配はなく、ニュースでも驚きより「やっと」という雰囲気の方が強い。
 蛇足だがサッカーの中田は名誉市民の話があった時、「サッカーは一人じゃできない」と文字通り一蹴しました。これも素晴らしいと思います。

 博士の実家は「神山町鍋山」というところ。今は博士が地元の「井戸端会議場に」と掘った温泉「白山温泉」と「韮崎大村美術館」があります。
 神代桜と並ぶ名木「王仁桜」がすぐ近くにあります。博士が頻繁に帰郷することとショッピング場所が市内に2箇所しかないこととが理由か、町で何回か見かけたことがあります。何年前だったかスーパーでふと気がついたら隣にいたので挨拶して握手してもらったことがあります。

 地元への貢献や美術領域での造詣の深さなどは報道されているとおりです。
 博士をある範囲存じ上げているというだけで、それ以外何もないのだが、何となく空が別に見えるような朝です。

 実は21日に市の民生委員有志一同で北里大学の関連施設を研修することに(以前から)なっていて、地元ということで博士も会ってくれることになっているのですが、今日以降超多忙となりそうで、ちょっと心配ではあるのです。

靖國神社みたま祭り(池上 均:陸自73)

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平成27年9月号「偕行記事」から転載

女性会員の活躍推進(杉澤 敬子:陸自58)

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平成27年8月号「偕行記事」から転載

戦後生まれが知らない引揚げ者・奇跡の脱出と引揚げ交渉(井上 廣司:陸自72)

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平成27年8月号「偕行記事」から転載

偕行社・偕行会の評価と将来(洗 堯:陸自68)

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平成27年8月号「偕行記事」から転載

「北のパラオ」両陛下の御訪問(井上 廣司:陸自72)

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平成27年8月号「偕行記事」から転載

私の捕虜収容所訪問記(塩田 章:陸士59)

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平成27年8月号「偕行記事」から転載

安倍総理「談話」に想う(高梨 潤一郎:陸自75)

 偕行社会員(陸自75期)
高梨 潤一郎

 昨夕、安倍総理は国を思う多くの国民の憂慮に答え、祖国の名誉と国益を辛くも保全しうる名談話を、原稿も見ずに自らの言葉で発表されました。思うに、その精神はここにご覧頂く終戦当日の鈴木首相の談話と相通じ、いずれも、大御心を体した日本伝統の床しさに満ちているように思います。ここに謹んで殉国の英霊に感謝と哀悼の微意を献げ、鈴木首相の談話をご紹介いたします。

          鈴木貫太郎首相の放送全文(昭和二十年八月十五日夕刻)
  昨夜十一時、畏(かしこ)くも非常の措置によって大東亜戦争を終結することに関する大詔が渙発されました。また本日正午には畏れ多くも天皇陛下御親(おんみづか)ら詔書を御朗読遊ばされ、放送によって全国民に玉音を以てお告げ遊ばされたのであります。全く前例を見ざる御措置でありまして、恐懼(きょうく)とも感激とも申しようがございませぬ。天皇陛下の民草を慈しみ給う(たもお)大御心(おおみごころ)はただ有り難さに涙を止(とど)むることができません。
  ソ聯邦は去る九日遂に聯合国側に立って帝国に宣戦を布告するに至りました。これがため帝国は米英支三国の他にソ聯邦をも敵とすることとなり、帝国政府と致しましては、これを以て大東亜戦争を継続するか否かにつき最後の決断をなすべき時期と認めざるを得なかったのであります。
 よって畏くも天皇陛下御親裁の下(もと)、廟議を確定し、帝国の存立の根基たる天皇陛下の統治大権に変化なきことを条件として、米英支並びにソ聯の七月二十六日付共同宣言を受諾する用意ある旨を通告するに決し、政府は直ちにその手続を取りました所、先方より回答が参り、その回答を検討致しました所、天皇陛下の統治大権に変化なきことを確信致しましたので、ここに共同宣言を受諾することとなりました。
  顧みれば昭和十六年十二月八日、帝国はひとえに帝国の自衛と東亜の安定とのために米英両国に戦を宣したのであります。以来今日に至るまで前後四年に近く、この間皇軍将兵は想像を絶する困苦と欠乏に耐え、兵器の不足はこれを無比の精神力を以て補い、真に鬼神を哭(な)かしむる忠烈を前線に顕現せられました。銃後の国民もまたあらゆる艱難を忍んで戦力の補給に挺身し、後に及んで本土の大半が敵空襲の被害を蒙るも常に奉公の精神を失う者を見なかったのであります。今ここに遠く異域に骨を埋(うづ)められました勇士、非命本土に斃(たお)れられました同胞その数知れぬことを思うにつけ、私は感謝と哀悼の念に胸を塞がるるのであります。また或いは戦陣に傷つき郷土に家を喪われたこれら無数の人々に対しては慰藉(いしゃ)の言葉にも苦しむ次第であります。
 しかしながら皇軍の凄絶なる死闘の継続にも拘らず戦局は昨年のサイパンの失陥を機として不利となり、爾後(じご)あらゆる挽回の方途を講じましたが、秋になっては敵の強大なる空軍は直接帝国本土を侵寇するに至り、為に戦力の根源である軍需産業、大中小都市、交通機関等は甚大なる破壊を蒙りました。殊に本年春の硫黄島喪失に続いて沖繩を敵の手中に委ねるに及びまして、帝国の本土は圧倒的な敵攻撃力の正面に曝(さら)されるに至りました。この間畏れ多くも明治神宮及び皇居の炎上を許しましたことは誠に恐懼の極みであります。
 然るにこれに加う(くおお)るに敵は最近遂に世界科学史上革命的な原子爆弾の発明に成功し、これを人類殺傷の兵器として応用して殆ど不可抗ともいうべき破壊力をわが本土と国民の上に加え始めました。現にこれによって現出しました惨禍は、一都市一回一個の爆撃により瞬間にその都市の大半が破壊し尽され、一襲に数十万の人命を殺傷しました。しかも敵が今後これを継続使用することは明白でありますから、もしもこの形勢にして今一歩進むならば、その恐るべき殺傷と破壊とは帝国の戦力と民族生存の根柢を抹殺するに止まらず、実に神聖絶対なるわが国体の基礎を危(あやう)うすることが予見せらるるに至ったのであります。
 帝国政府はこの事態に処し、あらゆる熟慮と検討とを重ね、陸海の統帥とも論議を尽しました。帝国皇軍将兵は悉(ことごと)く飽くまでも旺盛なる戦意と必勝の信念に燃え、最後まで戦うことを決意しておられるでありましょう。国民また醜(しこ)の御楯(みたて)として陛下の御(み)旗の下に名誉ある死を選ばんと決意しておられるでしょう。しかし陛下は万民を救いかつ世界人類の幸福と平和に貢献すべき御聖断を下し給う(たもお)たのであります。陛下の御仁慈の光被こそ国体護持そのものであります。わが国体の悠久、聖慮の宏大無辺誠に恐懼に堪えません。
  申すまでもなく戦争がこのような形で終結を見るに至りましたことは、前線にある皇軍将兵は固より国民のすべての痛憤堪え難きところに違いありませぬとともに、国民悉く心より陛下にお詫び申上げる次第であります。私は今日揣(はか)らずしてこの悲痛なる終局を政府の首班として自ら措置する運命を担いましたが、私の一生の大半は帝国軍人たるの生活でありました。将兵諸君の胸中はこの私も老兵の一人としてよく存ずるところであります。しかしながら臣子の本分は生きるにつけ死ぬにつけ、いかなる場合にも天壌無窮の皇運を扶翼し奉ることであります。この絶対の忠誠心のみがよく国体を護持し奉ることを得るのであります。たとい私共が銃を奪われ、剣を棄てるとも、死してなお失わるることのないのはこの無限の忠誠心であります。私は、聖天子在(おわ)しまし、宝祚(ほうそ)の永(とこし)えに継がせ給う限り、必ず国運を開拓するの途(みち)は存すると信ずるのであります。
  更にこの度の戦争において、終始帝国と共に東亜の解放、世界平和の実現のために戦われ来(きた)った東亜の盟邦諸国に対しては、帝国は国を挙げてこれに満腔の感謝を捧げるとともに、事の遂にここに至りましたことを衷心より謝するものであります。しかしてこれら諸国の隆盛を祈り、帝国とこれら諸国との信義と友愛が永久に変らざることは帝国の切なる希望であります。
  翻って、戦争の終結は、国民の負担と艱苦とを容易に軽減することは考えられませぬ。却って戦後の賠償と復興のために一層の忍苦と努力とを要するのであります。帝国はその領土の多くを失うに至りました。名誉の皇軍もその姿を消すに至りました。皇軍将兵及び国民はこの事態の不名誉に悲嘆の限りを尽されるでありましょう。また未だ嘗(かつ)て経験されたことのない環境の激変に自らの帰趨を定めることが出来ないでありましょう。
 しかし大死一番、一夜の号泣から醒めたその瞬間から過去一切の恩讐を超えて、また一切の利己的の考えを断ち切って、本土の上に民族永遠の生命を保持発展せしめて行くのであります。それには国民が自治・創造・勤労の生活新精神を涵養して、新日本建設に発足し、特に今回戦争に最大欠陥であった科学技術の振興に努めるの外ないのであります。しかしてやがて世界人類の文明に貢献すべき文化を築き上げなくてはなりません。それこそ陛下の宏大無辺なる御仁慈に応え奉る唯一の途(みち)なのであります。これを達成するにおいては、究極において日本の勝利は実現せられるのであります。
  帰還軍人、傷痍軍人、戦災者、その遺家族に対して国家と国民は最後まで温い慰安と協力を尽さねばならないこと勿論であります。また夫(そ)れ共同宣言実施期間中においては、どこまでも日本人本来の真面目さを発揮して、信を世界に高めるの心構えで処したいものであります。
 要は皇室を戴いた日本国民の良心と正しい力とが、一日も速やかに世界における帝国の地位をその正当なるところに還すことであります。それには御詔書の聖諭のとおり挙国一家となって子孫相伝え、不屈不撓、最大限の努力をしなければならないのであります。私は必ずや全国民がこの私の期待に副(そ)われるものと信じます。          (典拠:故板谷菊男氏の引用文  振り仮名等は髙梨)
           鈴木貫太郎( 慶応3.12(陽暦1868.1)~ 昭和23(1948) )

下総国(千葉県)関宿藩士の子として出生。海軍大将。侍従長在任中の昭和11年、2.26事件で瀕死の重傷。20年4月首相に就任。8月、御前会議でポツダム宣言受諾の聖断を仰ぐ。
                                                                                                           安倍首相歴史的名談話を發表せる翌朝 古今を貫ける本朝の床(ゆか)しさを思ひ
  (安倍首相が内外を深く感銘させる名談話を原稿も見ずに語りかけた翌朝 玉音放送七十周年を迎え当時も今も変らぬわが国風に感謝を新たにして)(27.8.15(土)拙詠)
◎ 百年(もゝとせ)の世を隔つれど國思ふ首相(をびと)の心つゆ違(たが)ふなし
  (終戦時の鈴木首相と今の安倍首相とは百年近い世代差があるが、歴史の転換点に国の舵取りを担う身として、国を思う忠操と責任感は全く同じだ。)
◎ 身を省み道義(みち)貫かす大御心 底に流れたり今も昔も
  (その根柢にあるものこそ、昭和今上両帝に一貫されている平和愛好と国際協調の大御心だ。) 
◎ おのが國譏(そし)る紙匪(ぬすびと)顧みよ われを讚(たゝ)ふる海の外(と)の聲                                  
 (祖国を敵視し中韓と声を揃えてこの談話を誹謗する紙匪らよ、米国もアジア・環太平洋諸国もおしなべてこの談話を支持しているのを顧みたらどうだ。)         

偕行コラム「偕行社会員としての13年」(冨澤 暉:陸自60)

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平成27年8月号「偕行記事」から転載

沖縄衆院選を改めて問う(伊藤 秀二:陸自69期)

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平成27年7月号「偕行記事」から転載

偕行コラム(原田 太郎:陸士61期)

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平成27年7月号「偕行記事」から転載

靖國神社春季例大祭に参列して(惣坊 勉:陸自72期)

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平成27年6月号「偕行記事」から転載

安保関連法案は自衛隊員のリスクを高めるか(村松 榮一:陸士59期)

本コラムは村松氏が27年年5月26日、記されたコラムを7月15日掲載するものである。

安保関連法案を前にして野党民主党岡田氏は「この法案で自衛隊員のリスクは格段に高まるのではないか」と危惧を呈し、安倍総理は「自衛隊員のリスクが高まるといった、木を見て森を見ない議論が多い。(この法案で日米安保が格段に力を増し、日本侵攻の抑止力が高まるので、結果的に自衛官のリスクは低くなる。大局を見るべきだといっているようである)自衛隊員のリスク以前に、安保環環が厳しくなり、国民の 安全リスクが高まってきている」と自民党役員会で述べている。

安保法案の改正に「自衛隊員のリスク」の高低が判定基準になるのは不可解である。判定基準は「現法案を改正すれば、国家の安全はどれだけ増加するか」であることは当然であろう。その結果、自衛隊員のリスクも低下するなら結構なことであり、自衛隊員のリスクが高まるようなら対策を講ずればよい。自衛隊員は責務達成に本質的にリスクを負っている。このリスクを軽減するために国家リスクを高めては本末転倒である。ただし、国防のため自衛隊員だけがリスクを負うのはおかしい。自衛隊員も国家の主権者であり、自衛隊は政府、政権党の傭兵ではない。同じ国家の主権者が国防に一切関与しないのは不合理である。民主主義国家では、主権者国民が国家を建設し、維持し運営する。従って戦闘に専任するのは軍隊であるが、国防は主権者国民の必任義務とされるのが一般的であり、イタリー憲法では「国防は主権者国民の光栄ある義務である」と明示している。日本では国防は主権者の問題ではなく、自衛隊の問題であるようである。日頃自衛隊員を敵視している野党政治家が俄に自衛隊員のリスクを心配するような発言をしているが、そこでも国防は主権者自身の問題でなく、自衛隊員の問題であるようである。江田前維新の党代表は「若い議員の安全保障の知識は低く、また、不勉強である」と指摘したが、若い議員に限らず、党首レベルでも同様である。

今日、国会で総理は集団自衛権で出動した部隊が危険な状態になったら、指揮官は責務遂行を一旦停止して危険を回避すると説明したが、自衛隊員は隊法52条で「ことに臨んでは身の危険を顧みず、責務の達成に努め」と服務の本旨を法定されており、53条でこれを宣誓すべく法定されている。(総理や防衛大臣の最高指揮官は自衛隊員ではないので責務達成に命を投げ出す義務を負わない)この場合は逃げろ、この場合は命を捨てろと指揮官に判断すべく決めても、「殺すか、殺されるか」の現場ではそのような軽業はできない。自衛隊員は災害派遣でも命がけで行動する。まして戦場で「逃げろ」と指導しておいて、隊法52条をどのように教育せよというのか。まさに「木を見て森を見ない」の典型で、国会を切り抜けるために隊法を無視することになる。或いは防衛行動は臨機応変で、超法規行動も常に許容されると言うことか。然りとすれば敵前逃亡もクーデターも容認されることになりはしないか。

総理の国会答弁が長すぎると野党が苦言を呈している。本国会前は「本案件な重要だから政府側は丁寧に説明しろ」と野党は要求していたが、一転して「答弁が長い」と文句を付けている。法律問題を素人に解るように話すには例示しながら長くなりがちだが、「丁寧」と「冗長」は違う。野党の要求は「簡潔明瞭」と言うことであろうが、これは言うば易く、行うは難しいことである。誰でも解っていることなら「簡潔明瞭」に答弁できるが、解ろうとしない者の質問には「バカヤロー」と答える以外に「簡潔明瞭」な答弁は見いだせないかも知れない。また、答えたくない或いは正しい答えが分かっていない場合は、殊更に冗長な答弁で煙に巻いて質疑の時間切れに辞ち込むこともあるので、長い答弁が必ずしも丁寧な答弁とは言えないことがある。
ことは飲み仲間の懇親会の出来事でなく、国会の法案審議である。国家国民の安全安
心を高めることを目的に真剣に質疑応答をして貰いたい。揚げ足取りやヤジで騒々しい
だけの審議は止めて貰いたい。そんなことはテレビのバカ番組で国民は十分すぎるほど
食傷している。
与党も必要な法案改正に自衛隊員のリスク増大の可能性があるなら、「そんなことは絶対に無い」などと無理に否定せず、リスク軽減の対策を示すべきである。人間のやることに「絶対に無い」などの神業は期待できない。サッチャーは「そんなことは起きないと思われることにも対処の準備をする」と言い、キッシンジャーは「NBVER SAY
NEVBR」と言った。国防のトップに立って責任を持って実務をリードした偉大な政治家
の言に耳を傾けるべきである。

ボストンだより「中国株価暴落に思う」(渡部 悦和:陸自78期)

偕行社安全保障委員の渡部悦和氏はこの6月19日から2年間、米国ボストンに所在するハーバード大学アジアセンターにて、シニアフェローとして研究生活を送ります。
時折、フェイスブックやJBプレスの彼の論考記事を転載します。
今回は中国のバブル崩壊が中国の軍事力にいかなる影響を与えるかの焦点について「広木隆氏のストラテジーレポート」を引用されておりますが、2年間の学究生活のスタートの記事として皆様に紹介します。

ボストンだより「中国株価暴落に思う」
「中国株の暴落が我が国や世界に如何なる影響を与えるか?」が私の焦点になっている。
特に安全保障の観点からみれば、中国のバブルの崩壊が中国の軍事力に如何なる影響を与えるかが注目される。
その観点で広木 隆氏の「ストラテジーレポート」は参考になった。
結論は、ジタバタしないでクールに推移を観察すること。



広木 隆「ストラテジーレポート」
本日の急落について
2015年07月08日
本日の東京株式市場で日経平均株価は大幅反落。終値ベースで6月18日以来、およそ3週間ぶりに節目の2万円を下回り、5月15日以来、ほぼ2カ月ぶりの安値で終えた。下げ幅は2013年6月13日(843円94銭)以来、2年1カ月ぶりの大きさだった。ギリシャの金融支援を巡る協議の先行き不透明感に中国株式相場の下落が続いていることなど悪材料が重なり、全面安となった。

悪材料が重なったと書いた。確かにギリシャ懸念もあるにはあるが、今日の下げは中国株に対する不安が理由のほとんどであると思う。「不安」というより「不信」である。売買停止というのが最悪の措置である。市場というのはいくらボラティリティがあっても耐えられるが、流動性が枯渇したら終わりである。企業が申請して売買を止めているのだが、それを当局が容認しているわけで、ここまでいくと市場の体(てい)をなしていない。市場で自由な売り買いを制限すれば、疑心暗鬼しか残らない。売れるものはなんでも売ろうと、余計に狼狽売りを誘うだけである。

これまで中国政府がさまざまな株価対策をとってきたが、一向に下げ止まらない。それは別に不思議でもなんでもない。過去の歴史をみても人為的な対策で株価が下げ止まったことはない。1929年、米国で起きた株価大暴落「暗黒の木曜日」。JPモルガンとギャランティ・トラストをはじめとする大手米銀5行が会合を持ち、資金を集め相場を下支えする対策を打ち出した。NYの株価は持ち直したものの、それは一時的だった。その後も下げ続け、買い支え対策が打たれてから5割も下げてようやく下げ止まった。昭和40年の証券不況に向かう当時の日本市場も同じ轍を踏んだ。1964 年に都銀 12 行、長信銀 2 行、証券 4 社が出資し日本共同証券が設立されたが株の下落は止まらず、翌65 年には、日本証券保有組合が設立されたが、これも効果はなかった。90年代に日本政府がおこなったPKO(株価維持政策)も同様である。株ではないが、英国の中央銀行、イングランド銀行が英ポンドを買い支えようとした時もジョージ・ソロスに売り崩されてしまった。

相場というのは下がるとこまで下がらないと止まらない。投げるひとが全員ぶん投げて底が入るわけだが、売買停止では売るに売れない。これでは中国株の底入れがいつになるか、まったく目途がたたなくなった。それが今日の日本株急落の背景である。

中国株がどこで止まるか、誰にもわからない。ただし、目の子では上海総合指数の3500ポイントというのは大きな節目だろう。200日移動平均もこの水準にある。3000ポイントに乗せてしばらくもみ合った後、上昇が加速してきたのも3500を超えてからだ。上述の通り、投げ切っていないから、まだ下値はある。よって3500という節目を切って3000あたりで一旦、底をつけるのではないか。

問題は2つ。ひとつはこの中国株のバブル崩壊が中国の実体経済を反映したものかという点である。僕が思うに、中国の株式市場は個人投資家の投機市場であり、経済実態を反映したものではない。実体経済を把握する統計の信頼性に問題があるのでなんとも言えないが、PMI等を見る限りでは景気減速は一服している。来週発表されるGDPが焦点となるだろう。そして万が一、本当に株安が中国景気を冷やすと当局が思うなら、利下げだけでない景気テコ入れ策が打たれるだろう。

もうひとつは巷間言われるインバウンド消費に影響がでるのではないか、という点だが、中国人は中国株高で潤ったから日本で爆買いしているわけではない。無論、一部には株高の資産効果もあるだろう。だがインバウンド消費を促進しているのは単純に円安効果である。さらに言えば、株より資産効果に影響が大きい不動産価格は下げ続けてきた。それにもかかわらず、爆買いは起きていたのだから、株安だけを取り上げてインバウンド消費に翳り、というのは悲観論が過ぎるだろう。そして、ここがポイントだが、中国の富裕層が多く住む三大都市の不動産価格は昨年の秋には底を打ち、今年の春から上昇に転じている。これが中国の資産市場のトレンドだろう。不動産取引が規制されたこともあり、株価のほうは簡単に大衆が売買できることから投機の対象とされ、過熱した。それが弾けただけである。

日本株の注意点は国内景気指標の悪化である。海外の悪材料ばかり目が向きがちだが、足元出てきている国内景気指標は冴えないものが続いている。鉱工業生産も下振れ、実質賃金も25カ月マイナス、今日発表された景気ウォッチャー調査も7カ月ぶり悪化。日本株のもろさは国内の指標の悪化も実はボディブローのように効いていると思う。そうした状況で明日の寄り前に発表される5月の機械受注は、前月比マイナス5%と3ヵ月ぶりに減少が予測されている。設備投資は、日銀短観で11年ぶりの高い伸びとなったが、それはあくまで「計画」である。機械受注は設備投資の先行指標で、今回は、良好な設備投資計画が示された後、初めて出てくるハードデータだから、市場の注目も高い。もともと反動減が予想されているので予想の範囲内のマイナスなら影響はないだろうが、大幅マイナスとなると、ただでさえ悪化している市場のセンチメントを一段と冷やすことになりかねないので注意が必要である。

日経平均は、取引時間中は一目均衡表の雲の下限で下げ止まっていたが大引けで一段安して雲を下抜けた。狼狽売りだからテクニカル的な目途は役に立たない。冷静になればバリュエーション面ではいい水準である。予想PERは日経予想ベースで15倍台、クイックコンセンサス・ベース14倍台だ。待ちに待った絶好の押し目であり、下値を拾う動きもそろりと出てくるだろう。

セオリーでは「落ちてくるナイフをつかもうとするな。床に刺さったところを引き抜け」であり、急落途中の買いは慎めとされる。だが、最近の値動きの速い相場ではいいところを拾えない可能性がある。ここから3回に分けて買い下がるくらいのつもりで、第一弾の押し目買いを入れてもいい水準と考える。

偕行コラム「両陛下パラオご訪問に思う」(井上 廣司:陸自72期)

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平成27年6月号「偕行記事」から転載

「憲法を作る」署名集め(志村 泰元:陸自65期)

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平成27年5月号「偕行記事」から転載

「明日の守り」のために「憲法」を考えよう(福田 忠典:陸自67期)

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平成27年5月号「偕行記事」から転載

水師営の会見(戸塚 新:61期)

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平成27年4月号「偕行記事」から転載

偕行コラム「新公益法人認定の時に」(深山 明敏:陸自57期)

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平成27年4月号「偕行記事」から転載

硫黄島遺骨収集事業に参加して(寺村 誠士:陸自66期)

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平成27年3月号「偕行記事」から転載

靖國神社秋季例大祭に参列して(大内 廣:陸自71期)

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平成26年12月号「偕行記事」から転載

「徴兵」で恐怖感を煽られる庶民(志村 泰元:陸自65期)

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平成26年11月号「偕行記事」から転載

終戦前後の東京点描(小竹 一三:東幼48期)

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平成26年10月号「偕行記事」から転載

「75期陸上自衛隊幹部候補生学校ホームカミングデー」(榊枝 宗男:75期)

 4/18の学校訪問行事、BUI合同懇親会及び翌日の幹部候補生学校創立61周年
記念行事へ出席のため同期参加者総数108名(夫人を含む)が、思い出の地久留米・
前川原駐屯地に40年ぶりに集いました。
初日の学校訪問行事には学校長大庭秀昭将補(86期:防大30期)の歓迎のご挨拶に
始まり、75期柴田幹雄ホームカミングデー(HCD)実行委員長及び九州在住の
担当委員(佐藤・柚木・長尾君他)の計画に基づき学校研修行い、
引き続き市内ホテルにて懇親会へ移行し相互に親睦を深めました。
懇親会司会は遠路札幌から参加した I 課程出身の相馬隆義さんが
写真VTR担当は同じ札幌のB課程出身小島肇さんが担当しました。
初めに柴田実行委員長の挨拶に続き物故者への黙とう、そして本行事に
参加されず記念品贈呈協力者の皆さんの全員のお名前を画面で紹介し
U課程天草洋君の乾杯の発声から懇談へ。最後に万歳三唱を
I課程代表山上満君が行い、ホテル内の2次会へと深夜まで40年前の
思い出と近況を夫々が同期生と時間を忘れて語らいました。
(写真をクリックすると拡大出来ます)
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翌19日は朝から小雨模様でしたが晴天行事の計画で執行され、創立61周年
記念式典に夫人を含み全員が出席し、学校長の式辞では卒業40周年を迎えられる
56期生の皆さま『お帰りなさい!』との温かいお言葉を頂戴しました。
そして、学 校長の候補生への要望事項「輝け!」の言葉どうりの眩しく光り輝く
幹部候補生の一糸乱れぬ観閲パレードとAH64アパッチヘリの訓練展示飛行を拝見し、
12時新庁舎剛健大講堂にて記念写真を撮影して全員が名残惜しみながら
家路につきました。
(写真をクリックすると拡大出来ます)
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追記: 本行事では偕行社会員へ新たにBU課程出身者23名が会場で入会されました。
     I 課程出身者にも入会をご案内しましたので更に増えるものと思います。
     今後は偕行社または地方の偕行会での親睦の機会を期待します。

参考: B出身参加者39名夫人16名 計55名
     U出未参加者21名夫人4名  計25名
     I 出身参加者21名夫人7名  計28名  総数108名 【懇親会時】

靖國神社秋季例大祭に参列して(大内 廣:陸自71期)

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平成26年12月号「偕行記事」から転載

「偕行社ホームページ」のリニューアル(広報委員会)

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平成26年10月号「偕行記事」から転載
文中「8月(H26年)はアクセス件数6,000件」との記述がありますが現在はひと月11,000件に達しております。

硫黄島遺骨収集・帰還事業に参加して(圓藤 春喜:陸自69期)

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平成26年9月号「偕行記事」から転載

この国に士風は絶えてはなるまい(重松 恵三:陸自59期)

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平成26年7・8月号「偕行記事」から転載

靖國通り(小林一三:東幼48期)

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平成26年6月号「偕行記事」から転載

戦中派のつぶやき(大賀 龍吉:56期)

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平成26年5月号「偕行記事」から転載

偕行社コラム(戸塚 新:61期)

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平成27年3月号「偕行記事」から転載

近現代史シンポジュウムに参加して(池上 均:陸自73期)

 2月27日(金)、国士舘大学世田谷キャンパスにおいて第6回近現代史シンポジュウムが開催され、これにスタッフとして参加した。
 今回は冨澤 暉氏(元陸上幕僚長)の特別講演と小林道憲氏(哲学者)、戸部 良一氏(帝京大教授)、笹島 雅彦氏(読売新聞調査研究本部所属)の各氏の意見発表の後、質疑応答であった。
 冨澤氏の講演テーマは「F機関長・藤原岩市を巡る大東亜共栄圏」であった。冨澤氏の特別講演で特に興味深く聴かせていただいたのは戦後にイギリスの探偵局長(今で言うとM16の地方局長)のくだりであった。
 局長にに尋問された時、「貴官の工作は真にグローバリーサクセスあった」と褒めて、諜報機関に所属するものとして「どういうふうにやったのか」と質問を受けた答えとして、藤原岩市は「私は真の信念、愛情と情熱だけでやったのだ」と応えるわけであるが、それに対してイギリスの局長は「なるほど我々はこのアジアで随分やってきたけれども、地元の人に愛情をもつことは出来なかった」と述懐するのがポイントであったと思う。
 後に藤原岩市氏は陸上自衛隊調査学校長となった時、教育方針として「知・魂・技」を掲げた。
 戦後、余りに自分たちの活動が評価されていないことに対して「F機関・藤原岩市」を書きあげたのである。さらに冨澤氏の講話によればインド・パキスタンまで手を広げたわけだが果たして「大東亜共栄圏」という概念は開戦前から存在していたのかという疑問に対して、冨澤氏は「哲学→概念→政策」として存在していたものではないと結論付けた。
 更に読売新聞の笹島氏からは「あいまいな戦争目的」という観点で1941年(昭和16年)11月2日の御前会議において、陛下の「戦争の大義名分を如何に考えうるや」の問いに対し、東条英機首相「目下研究中でありましていずれ奏上致します」と応えている。 
 その3日後(11月5日)の御前会議では「帝国は現下の危局を打開して、自存自衛を完し、大東亜の新秩序を建設するためこの際対米英欄戦争を決意」と「自存自衛」「大東亜の新秩序」の両論併記にしている。
 これは海軍の自存自衛と陸軍の大東亜新秩序が統一されなかった史実であろう。
近年といってもずいぶん昔のことになるが、フォークランド紛争勃発事、時のサッチャー首相以下が最も議論し、突き詰めたのが「戦争終結の態様」であったと聞く。当時の日本国政府は基礎のとしての戦争目的すら決め切らずに両論併記とするなど、戦争終結の態様など望むべくもなかったのか。
 残念なことであった。

住民投票とプロ市民(池上 均:陸自73期)

与那国島の住民投票には驚いた。
自衛隊配備の是非を問うという住民投票だ。
そもそも自衛隊配備という国家の有り様を決めるのに地域のみの意見でよいのか。政府には安全と平和を維持してほしいが、騒音の出る戦闘機の基地は要らないというエゴがまかり通ることになる。
更に驚いたのは永住外国人に投票させたことだ。
これは断じておかしいこと。日本人とは何か?日本国籍とは何か?ということである。帰化していれば日本人だが永住外国人は外国人である。
国を守る自衛官の採用条件には、年齢、身長、体重等々の資格用件があるがその第一項を忘れてはならない。
それは「日本国籍を有すること」と記している。
それは日本人が我が国を守るということに他ならない。
日本が溶けてなくなって行く様が見える気がしてならない。

一方で地域の人の声というのにも疑問がある。
沖縄の基地闘争で、地元民ではないプロ市民といわれる人が沢山いるそうだ。
いい迷惑というものだが、昔もそれに近い経験がある。
もう30年あまり前のことだから時効である。
釧路市で地方連絡部の出張所長として勤務の頃、厚岸港に海上自衛隊の魚雷艇を艦艇広報で入港させた時、デモ隊がきて入港反対を叫んだ。
デモ終了後のことだ。デモ隊の中からデモに参加している知り合いの父兄会のおじさんが挨拶をして体験航海の受付を始めた。(笑)
デモ隊の中から何人もの方がデモ終了後、体験航海の受付に並んで楽しそうに乗艦して行った。
後日、来年もこの日に入港させてくれ、との希望がデモ隊関係者から寄せられた。
何でもこの日は陸自の北転訓練の上陸演習が広尾町大樹浜であり、上陸反対デモ動員をかけられているそうだ。日当と弁当が支給されても貴重な休みが一日つぶれる。
同じ日に魚雷艇が港に来ると大樹浜動員を断る理由になるし、体験航海も楽しめる。
まあ、昔から動員はあったわけで、組合もバス代、弁当代、日当など大変なわけだ。
今や同じことが沖縄でも行われているのではないかと疑われる。これに日本国以外の資金が投入されているならこれはこれで大きな問題だ。いわゆる諜報活動に他ならないからだ。しっかりと見守る必要がある。

災統合任務部隊解散の訓示 君塚指揮官に聞く(戸塚 新:61期)

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平成26年4月号「偕行記事」から転載

長船(おさふね)の軍刀(尾山 喜一:61期)

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平成26年3月号「偕行記事」から転載

絵でも描いてみませんか(柴田 幹雄:陸自75)

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平成26年2月号「偕行記事」から転載

水上源蔵連隊長のこと(池上 均:陸自73)

 大正6年生まれ、陸軍上等兵だった父は今年白寿を迎え、今も元気に岡山の実家で暮らしており、その実家には「熱誠通神」の色紙が掛かっております。父の所属した北支派遣軍の第110連隊長だった水上源蔵大佐(陸士23期山梨県出身)の色紙であります。
 私が昭和44年に防衛大学校に入校する際、父から聞いたのは士官学校出の将校は慈愛に富んだ将校が多かったということです。特に水上連隊長の話が多く、兵隊にも「ご両親はご健在か?」と敬語を使われるくらいの連隊長だったようであります。厨房を視察すると必ず「兵には旨いものを食わしてやってくれ」とおっしゃったそうです。
 「慈愛に富んだ幹部になって欲しい」という父の思いと共に、入校したのでした。
 後に陸自幹部学校の戦史教育でインパール作戦を学び、あの蒋介石をして称賛せしめた、拉孟の金光少佐が岡山県出身で、ミートキーナで1400名の部隊を後退させ、自ら自決を選んだ水上少将が父の尊敬する連隊長だったことを知り、大変嬉しく思ったものであります。
 水上少将の記録には「みんなの身体はご両親の慈しみを受けて育った貴重なもの、それを大切に扱わぬ国は滅びます。」があり、まさに慈愛に富んだ言葉でした。
思えば私の自衛官としてのスタンスはしらずしらずに父の教えの通りの自衛官勤務だったような気がいたします。
 兄弟でただ一人自衛官になった私は自ずと父の軍隊時代の話の聞き役となりました。実家に帰る度に父は同じアルバムを持ち出し、1ページ目から思い出話を始めます。
 今や次のページでは何を話すか分かっているくらいです。それでも聴くのが私の務めであり、更には私の息子も航空自衛隊とは言え、同じ自衛官の職についており、父にとっては自分の生きざまのわかる孫が出来たようなもので、彼を連れ帰った時には特別な可愛がりようでした。
 私も息子達を父と同じように育てたようです。90才を超える祖父の話を頷きながら聞き入る孫の姿に慈愛の血の流れが感じられ、安心感を覚えたものでした。
 水上連隊長の教えは途切れることなく受け継がれております。また私達は継承しなくてはならないと考えております。

靖國神社に初詣(坂 聖夫:陸自62)

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平成25年2月号「偕行記事」から転載

アメリカの教科書に載っている「義烈空挺隊」(牧 勝美:53期)

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平成26年1月号「偕行記事」から転載

平成27年の年頭にあたり(岩田 清文陸幕長)

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年頭のご挨拶(志摩 篤理事長)

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九段のお社から・・・父より(谷口 日出男)

本コラムは偕行記事10月号に掲載されたものである。
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偕行社に入るメリット(冨澤 暉)

偕行社安全保障委員 冨澤 暉

本コラムは「偕行社入会の参考」に掲載されたものである。
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志摩コラム 39 完(志摩 篤)

偕行社 理事長 志摩 篤

本コラムは偕行記事12月号に掲載されたものである。
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追憶 二人の将軍(冨澤 暉)

偕行社安全保障委員 冨澤 暉
本コラムは文芸春秋12月号に掲載されたものである。
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ちょっといい話「堀江大先輩 安倍総理と語る」

偕行社編集委員長 戸塚 新

本コラムは偕行記事11月号に掲載されたものである。
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高い発信力を持つ偕行社に(志方俊之)

偕行社会員 志方俊之(陸自58)

本コラムは以前偕行記事に掲載されたもので、偕行社の意義、偕行社の高い情報発信力について記されており、ここに転載致しました。
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志を継ぐ者(塩田 章)

偕行社副理事長 塩田 章(陸士59)

 本コラムは平成24年10月号の偕行記事に掲載されたもので、偕行社が幹部自衛官の入会に関して議論したありさまが書かれており、歴史的事実として、この度の「偕行社入会案内の参考」に転載されました。
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「教育」と「教養」を心がける

偕行社広報委員長 中村 幹生

 料理の鉄人で有名な道場六三郎さんが年末のテレビ番組でしゃべった言葉が非常に印象に残った。それは「80歳を越えたら、教育と教養を心がけなくてはいけない」という言葉であり、教育とは、「今日行く(きょういく)ところがないと駄目」、教養とは、「今日用(きょうよう)がないと駄目」という意味である。
 これを聞いた途端に偕行社のことを思い出した。偕行社は主として旧軍出身の従前会員と自衛隊元幹部自衛官の会員で構成されている。会員の大半は従前会員の方々で、年齢的には85歳以上の方々である。偕行社の広報委員長を務めている関係で、従前会員の方々とお付き合いすることが多いが、いつも感心させられるのは皆さんがとても元気で活動されているということである。従前会員の方々は、我々自衛官と同じように「同じ釜の飯を食った」仲間同士の強い絆をもち、国のために奉仕することに情熱を持った人達である。こうした絆と情熱が80歳を過ぎても市ヶ谷の偕行社まで足を運んで活動される所以ではないだろうか。道場さんの言葉を借りれば、「教育」と「教養」を心がけられた人々である。
 あと5年もすれば従前会員の方々は90歳を越えることになり、マッカーサー元帥の言葉のように「老兵は死なず、消え去るのみ」になってしまう。その後を継ぐのは我々元幹部自衛官の会員である。偕行社は従前会員と元幹部自衛官混在の過渡期にあるが、将来は元幹部自衛官主体の会員構成に代わり、これまでと比べて組織も若返ることになる。80歳を過ぎても活動できるような組織はざらにあるものではない。人生を楽しむためには偕行社の会員になって国のため何か役に立つ仕事を見つけるのも、一つの道ではないかと思う。地方には各地の偕行会があり、こちらも世代交代を迎えており、組織継承のために元幹部自衛官を必要としている。退職してから常々思うのは、「今日行くところがある」というのは有難いということである。その一つに偕行社を加えていただければ嬉しい限りである。

ヤジの極意

偕行社広報委員 池上 均

 とかく最近はギスギスした世界だ。
 東京都議会でヤジを飛ばした議員が、そのヤジがセクシャルハラスメントに当たるとして、「お叱り」を受けることになった。
 まあ、そのヤジ自体も品がないというか、とても高邁な精神などのかけらも見当たらない「お下劣」と言うべきものなのか。
 しかしながら、言っている内容は、少子化の問題で、それが晩婚化による子供が産めないことになっているのだから、あながち「嘘」でもない。
 もっとも相手が悪かった。
 相手が気にしているような、本当のことは言わないものだ。
 「それを言っちゃあ、オシメイよ」ってなことになる。

 先日、偕行社でのある会議の冒頭、塩田副理事長の挨拶の一部を紹介しよう。
 塩田さんは陸士59期生で、戦後防衛庁で勤務され、官房長、防衛局長などの職務を歴任した方だ。
 ある時の衆議院予算委員会でのこと。
 質問者は共産党議員東中氏で、その答弁を大臣に代わって事務方として答弁する時、あの浜田議員(いわゆるハマコウ氏)が間髪をいれず「こら!陸士。海兵に負けるなよ!」と大声でヤジを飛ばした。
 予算委員会は大爆笑であったとか。
 共産党の東中議員は海軍兵学校73期生で塩田さんの陸軍士官学校59期生より、期別的に2年ほど先輩に当たるそうで、昔から陸軍と海軍は競争していたということを承知してのヤジだった。
 ヤジにも事前の周到な準備と知識、高邁な精神が必要である。