01指揮官の群像 of 偕行社

指揮官の群像

①占守島 第11戦車連隊長
池田末男大佐

池田末男大佐
池田末男大佐

 昭和20年8月18日、午前2時22分、ソ連軍の上陸先遣隊の艦船が占守島に着岸した。
 午前5時、天神山の戦車第3中隊に到着した池田大佐は後続の戦車もあわせ、20両あまりを掌握した。占守島の要衝四嶺山には村上大隊の戦闘指揮所となっていた立派な壕があり、これを敵に取られて重砲を運ばれたら日本軍も最後である。寸刻を争う。池田は決心した。
「われわれは大詔を奉じ故郷に帰る日を胸にひたすら終戦業務に努めてきた、しかし、ここに到った。もはや、降魔の剣を振るうほかはない。そこで皆に敢えて問う。諸子はいま、赤穂浪士となり、恥を忍んでも将来に仇を報ぜんとするか、あるいは白虎隊となり、玉砕もって民族の防波堤となり後世の歴史に問わんとするか、。赤穂浪士たらんとするものは一歩前へ出よ。白虎隊たらんとするものは手を上げよ」池田が悲壮な面持ちで訓示すると、全員が「おう」と喚声をあげ、諸手をあげた。「ありがとう」連隊長の目は涙に曇った。
 激しい戦闘が終わり、連隊長・池田末男大佐の戦車は、女体山と六九高地の中間に擱座していた。戦車番号の焼け消えたその車両には、壁面の凭れかかった立ち姿の半焼死体があった。鬼神の如き姿であった、という。
(『8月17日、ソ連軍上陸す』大野芳著)