英霊に敬意ー市ヶ谷台 of 偕行社

慰霊顕彰事業:市ヶ谷台慰霊祭

【平成21年度市ヶ谷台慰霊祭】

・ 9月16日(水)15時より、市ケ谷駐屯地メモリアルゾーンにおいて、平成21年度の「市ケ谷台慰霊祭」が催行された。
偕行社の主催により、駐屯地中央業務支援隊等の全面的な協力を得て執り行われたもので、今年はその第4回目となる。 
この慰霊祭を偕行社が主催して執り行うに至った経緯等については、『偕行』平成18年11月号掲載の菊地偕行社事務局メモリアルゾーンと市ヶ谷台慰霊祭」に詳しく紹介されている
終戦時、敗戦の責任を取って自決された陸軍大臣阿南大将、第1総軍司令官杉山元帥、第1総軍付吉本大将、大本営作戦参謀晴気少佐の慰霊を、次いで陸軍全航空部隊戦没者慰霊碑が建立されてからは、その戦没者の御霊を、更に自衛隊創設以来の全殉職者の御霊をを慰霊し、その遺志を継いで国家の安泰を祈願すべく、昭和48年以来平成17年まで毎年慰霊祭を執り行ってきた「市ケ谷台慰霊会」(会長瀬島龍三氏)と、これを支援してきた自衛隊の方々の深い情念と篤い志に敬意を表するとともに、これを継承し後世に伝えるべく、誓いを新たにするものである。 
 この日は朝から晴れ渡って残暑厳しく、ぎらぎらと照り付ける太陽は、かの終戦の日を思い起こさせるものがあった。そして、この日を一層暑くさせたのは、先の衆議院議員総選挙の結果、政権交代が現実のものとなり、この日の午後、民主党の鳩山由紀夫総理の誕生という歴史的な日を迎えることとなったせいかもしれない。イメージ (2).jpg
 そのような中で、慰霊祭は粛々と行われた。市ヶ谷台のメモリアルゾーンは綺麗に刈り込まれた芝生や木々の緑が美しく映え、塵一つなく掃き清められて、慰霊の地に相応しい聖地の雰囲気を醸し出していた。
 早朝から陸自中央業務支援隊、通信団の隊員たちにより、祭場の阿南大将、杉山元帥、吉本大将の碑のある名石佐渡の「赤玉石」の前には、百数十名を収容する大テントが張られ、碑前には生花・綿花・献花台・焼香台等が用意された。
 陸軍全航空部隊碑、晴気少佐碑にも生花・飾花・焼香台等が用意され、自衛隊殉職慰霊碑には生花・飾花が用意されていた。
 一昨年、平成19年から、この慰霊祭は、靖國神社他の月例参拝に合わせて実施することとなり、奇数期・偶数期の区別なく月例参拝に参加した者も、輸送手段の許す限りこれに参加できることとなり、今年も月例参拝組は約95名、ご来賓・ご遺族・市ケ谷台慰霊会関係者等約45名合計約140名に及んだ。
 ご遺族阿南惟正氏を始め、政務多忙の中を参議院からは山谷えり子議員、同佐藤正久議員、衛藤晟一議員代理が参列され、また、省務等多忙の中、防衛省からは中江公人事務次官、金沢博範官房長が参列された。自衛隊からは火箱芳文陸幕長、外薗健一朗空幕長、東部方面総監代理児嶋幹司総務部長、松尾幸弘陸幕監理部長、岩成真一空幕総務部長、森山尚直東京地方協力本部長、時津憲彦通信団長、佐藤秀樹中央業務支援隊長、新宅正章陸幕監理部渉外班長等多数の高級幹部のご参列を頂き、また、祭場の設営、清めの水、献花、焼香、マイク、写真撮影等に至るまで、多数の若い男女隊員の支援を得、自衛官等の戦没者並びに殉識者に寄せる厚い慰霊の真心に深い感銘を受けた。
 慰霊祭は、定刻15時から、熊谷援護委員長の司会により始められ、国歌斉唱、黙祷の後、山本会長が祭文を奏上し、更なる慰霊顕彰と国防への決意を誓った。次いで、ご遺族並びにご来賓の献花及び焼香、一般参列者の焼香と続き、最後は自衛隊殉識者慰霊碑前でのご遺族、ご来賓を中心とする記念写真の撮影で慰霊祭の華を閉じた。
 残暑をもたらした陽も漸く傾きかけた市ケ谷台上を、一陣の涼風が吹き渡った。
 その後、ご遺族並びに山谷えり子参議院議員を始めとするご来賓、市ケ谷台慰霊会の方々は、偕行社2階談話室に場を移して、直会が行われた。
 直会を偕行社で行うのは、初めての試みであったが、菊地事務局長の司会により、山本会長の挨拶に続いて、ご遺族及び来賓、並びに市ケ谷台慰霊会の方々も打ち解けた雰囲気の中で、交々立ってそれぞれの思いを語られ、誠に意義ある会となった。

(援護委員会)