英霊に敬意ー英傑3 of 偕行社

陸軍の英傑たち:協力者

メッケル少佐

・生年
・没年:
* 明治15年、陸軍大学校を設置した。最初はフランス式の兵学であったが、大山陸軍卿の兵制視察時、ドイツ式兵制を採用することに決定。ドイツから兵学教師を迎えることになり、ドイツ陸軍大臣の推薦により、参謀総長モルトケ元帥の愛弟子K・W・J・メッケル少佐を招聘することになった。
 メッケルはドイツ参謀将校の俊才で、モルトケの戦術理論をさらに発展させた実務的な戦術家であり、教育家であった。
 メッケルとの契約は、陸軍大学校教官と参謀本部の兵事顧問を兼務とし、雇用期間2年、年棒5400円であった。ほかに、住居、 馬1頭を貸与。当時の陸軍大将の年棒は6000円、中将は4200円であった。
 明治18年3月着任したメッケルは、陸軍大学校で戦略・戦術・戦史・参謀要務等の講義を実施した。メッケルは、「理論より実際」の方針のもと、座学よりも図上演習や兵棋演習等を重視し、地図を広げ、地形図を見ながら、敵情・地形・彼我の状況を示しながら、作戦計画の立案を考えさせた。当然、現地戦術も厳しく実施した。
 また、軍紀の厳しさ、弾薬・糧食・兵器の輸送等兵站関係や、戦史についても如何に大切な考慮事項かを熱心に説いた。

レルヒ少佐

テオドール・フォン・レルヒ
日本に初めてスキーを教えたオーストリアの軍人。
明治43年、日露戦争に勝利した日本陸軍の研究のため来日したレルヒは、翌44年、13師団視察のため高田を訪れ、自費で作った軍用スキー10台を寄贈した。スキーに関心を持っていた長岡師団長の願いにより、1月12日金谷山において軍人に対してスキーの指導が行われた。日本でのスキーの始まりになった。